正論をいう無職

有職になった

1分でわかる『アイデアのつくり方』

アイデアのつくり方
ジェームス W.ヤング
CCCメディアハウス
1988-04-08



【1分でわかる】
1. まえがき
これまでアイデアのつくり方の資料はなかった

2. この考察をはじめたいきさつ
イデアのつくり方を聞かれたが答えられなかった。それ以降私はこの問題を考えてきた

3. 経験による公式
イデア作成はフォード車の製造と同じだ。

4. パレートの学説
この技術をマスターすれば創造力は高まる

5. 心を訓練すること
大切なのは第一に原理であり、第二に方法である。

6. 既存の要素を組み合わせること
イデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない。
もうひとつ。事物の関連性をみつけ出す才能が重要だ。


7. アイデアは新しい組み合わせである
この技術は五つの段階がある。
第一段階で資料を収集する。


8. 心の消化過程
第二段階でこれらの資料を咀嚼する。
第三段階ですべて忘れる


9. つねにそれを考えていること
第四段階でふとイデアがでてくる。

10. 最後の段階
第五段階で具体化する。

11. 二、三の追記
これを書いてからしばらく経ったが本質は変わっていない。


【10分でわかる】
1. まえがき
ある日曜日の午後、その翌日の月曜教室で何を講義したものかと思案にあぐんだときに、この小論をはじめてまとめた。参考文献を探したがこの問題に関するものは見当たらなかった

2. この考察をはじめたいきさつ
私がシカゴにある広告代理店の役員をしていたとき、有名なある雑誌の部長という人から電話がかかってきた。彼いわく、これから広告スペースを売るようなことはやめて、アイデアを売りたい、ということだった。それを教えてほしいということだ。このとき私はこの質問に何ひとつ良い返答をすることができない始末だった。それ以降私は時々この問題を考えてきたわけである。

3. 経験による公式
長い間考え、私はこう結論した。アイデアの作成はフォード車の製造と同じように一定の明確な過程であること、その作成にあたって私たちの心理は、習得したり制御したりできる操作技術によってはたらくものであること、そして、なんであれ道具を効果的に使う場合と同じように、この技術を修練することがこれを有効に使いこなす秘訣である、ということである。

4. パレートの学説
かりにアイデアを作成する技術というものがあっても、誰もがそれを使いこなすことができるだろうか。
ある人が投機的タイプの人間ならば、賢明に努力し、この技術をマスターしてしまえば創造力は一層高めることができると考えられる。

5. 心を訓練すること
学ぶべき大切なことはまず第一に原理であり、第二に方法である。
特殊な断片的知識というものは全く役に立たない。これは急速に古ぼけていく事実だからである。原理と方法こそがすべてである。

6. 既存の要素を組み合わせること
イデア作成の基礎となる一般原理については大切なことが二つある。
一つは、イデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもないということである。
関連する第二の大切な原理というのは、既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性をみつけ出す才能に依存するところが大きいということである。

7. アイデアは新しい組み合わせである
いよいよ実際的な方法手順をみていくとしよう。
この心の技術は五つの段階を経過してはたらく。これは一定の順序で通り抜けるものである。そしてこの五つのどの段階にもそれに先行する段階が完了するまで入ってはいけないという事実を把握する必要がある。
第一段階は資料を収集することである。
資料には二種類ある。特殊資料と一般資料とである。
広告で特殊資料というのは、製品と、それを諸君が売りたいと想定する人びとについての資料である。
一般資料を集めるという継続的過程も同じように大切である。どんな知識でもむさぼり食うのだ。牛と同じで、食べなければミルクは出ない。
これがアイデア作成技術の第一段階である。この段階の一半は当面の仕事、一半は生涯にわたる長い仕事である。方法としては、カード索引法やスクラップブックやファイルなどがある。

8. 心の消化過程
職人的な資料集めをやりとげたと仮定して、次の段階は何か。
それは、これらの資料を咀嚼する段階である。ちょうど諸君が消化しようとする食物をまず咀嚼するように。
これは頭の中でおこることだ。
この段階を通り抜ける時、次のような二つのことが起こる。
ちょっとした、部分的なアイデアが諸君を訪れてくる。それらを紙に記入しておくことである。どんなに突飛でも、不完全でも一切気にとめないで書きとめておきたまえ。
もう一つは、このパズルの組み合わせに疲れて嫌気がさしてくることである。が、まだ追求していただきたい。
しかしやがて諸君は絶望状態に立ち至る。ここまでやってきた時、諸君は第二段階を完了して第三段階に移る準備ができたことになる。
この第三段階にやってくれば諸君はもはや直接的には何の努力もしないことになる。諸君は問題を全く放棄する。そしてできるだけ完全にこの問題を心の外にほうり出してしまうことである。
これは不可欠の段階である。
問題を無意識の心に移し、諸君が眠っている間にそれが勝手にはたらくのにまかせておくのである。
この段階でできることが一つだけある。
問題を完全に放棄して何でもいいから自分の想像力や感情を刺激するものに諸君の心を移すこと。音楽を聴いたり、映画にでかけたり、探偵小説を読んだりすることである。
第一段階で食料を集めた。第二段階ではそれを十分に咀嚼した。いまや消化過程がはじまったわけである。そのままにしておくこと。ただし胃液の分泌を刺激することである。

9. つねにそれを考えていること
諸君が実際にこれら三つの段階で諸君のすべきことをやりとげたら、第四の段階を経験することはまず確実である。
どこからもアイデアは現れてこない。
それは、諸君がその到来を最も期待していない時、ひげを剃っている時とか風呂に入っている時、あるいはもっと多く、朝まだ眼がすっかりさめきっていないうちに諸君を訪れてくる。
諸君がアイデアを探し求める心の緊張をといて、休息とくつろぎのひとときを過ごしてからのことなのである。

10. 最後の段階
イデア作成過程を完結するために通りすぎねばならないもう一つの段階がある。
この段階において諸君は生まれたばかりの可愛いアイデアをこの現実の世界の中に連れ出さねばならない。そうすると、この子どもが、諸君が当初産み落としたときに思っていたようなすばらしい子どもではまるでないということに気づくのがつねである。
多くの良いアイデアが陽の目を見ずに失われてゆくのはここにおいてである。理解ある人々の批判を仰ぐことである。そうすれば驚くことが起こってくる。いいアイデアはそれをみる人びとを刺激するのだ。
以上が、アイデアの作られる全過程ないし方法である。
第一 資料集め 特殊資料と一般資料
第二 心の中でこれらの資料に手を加える
第三 意識の外で何かが自分で組み合わせの仕事をやるのにまかせる
第四 アイデアの実際上の誕生 ユーレカ!
第五 最終的にアイデアを具体化し、展開させる

11. 二、三の追記
数々の手紙をいただいた。喜びにたえない。その後の経験からは、このアイデア作成過程に修正を加えたいと思うような本質的な点は何ら見当たらなかった。


【60分で理解する】
1. まえがき
この小論ははじめシカゴ大学のビジネス・スクールで広告を専攻する大学院の学生に講義した。私は心理学者ではない。ある日曜日の午後、その翌日の月曜教室で何を講義したものかと思案にあぐんだときに、この小論をはじめてまとめた。参考文献を探したがこの問題に関するものは見当たらなかった。

2. この考察をはじめたいきさつ
私がシカゴにある広告代理店の役員をしていたとき、有名なある雑誌の部長という人から電話がかかってきた。彼いわく、これから広告スペースを売るようなことはやめて、アイデアを売りたい、ということだった。だが彼はそのアイデアのつくり方わからなかった。それを教えてほしいということだ。このとき私はこの質問に何ひとつ良い返答をすることができない始末だった。それ以降私は時々この問題を考えてきたわけである。

3. 経験による公式
海の上では、それまで青海原しかなかったところに突如として美しい珊瑚の環礁が出現することがある。アイデアもこれと同じ魔法のようなものだと私は考えてきた。しかし、この環礁は実は無数の目に見えない珊瑚虫の海中におけるしわざであるということを科学者たちは知っている。
そこで私は自問してみた。アイデアだってこれと同じことではないだろうか。分析できるのではないだろうか。もしそうなら、この心理過程は、意識してそれに従ったり、応用したりできるように跡付けてみることができないものだろうか。ここから公式なり技術が開発できないだろうか。
それから長い間考えぬいた。そしてこう結論した。アイデアの作成はフォード車の製造と同じように一定の明確な過程であること、その作成にあたって私たちの心理は、習得したり制御したりできる操作技術によってはたらくものであること、そして、なんであれ道具を効果的に使う場合と同じように、この技術を修練することがこれを有効に使いこなす秘訣である、ということである。
なぜこの公式を惜しげもなく公表するのかおたずねになるなら二つ打ち明けよう。一つはこれを信用する人はわずかということ。もう一つはこれは誰もが使いこなせるものではないということである。

4. パレートの学説
かりにアイデアを作成する技術というものがあっても、誰もがそれを使いこなすことができるだろうか。
パレートは言った。新しい組み合わせの可能性につねに夢中になっている投機的タイプの人間と、そのタイプの人間に操られる側の鴨にされる人、という二つのタイプがいると。ある人が投機的タイプの人間ならば、賢明に努力し、この技術をマスターしてしまえば創造力は一層高めることができると考えられる。

5. 心を訓練すること
イデアを作りだす才能はどうやって伸ばすことができるだろうか。
どんな技術を習得する場合にも、学ぶべき大切なことはまず第一に原理であり、第二に方法である。
特殊な断片的知識というものは全く役に立たない。これは急速に古ぼけていく事実だからである。原理と方法こそがすべてである。
知っておくべき一番大切なことは、ある特定のアイデアをどこから探し出してくるかということではなく。すべてのアイデアが作り出される方法に心を訓練する仕方であり、すべてのアイデアの源泉にある原理を把握する方法なのである。

6. 既存の要素を組み合わせること
イデア作成の基礎となる一般原理については大切なことが二つある。
一つは、アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもないということである。
これはおそらくアイデア作成に関する最も大切な事実である。
関連する第二の大切な原理というのは、既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性をみつけ出す才能に依存するところが大きいということである。
だから事実と事実の間の関連性を探ろうとする心の習性がアイデア作成には最も大切なものとなるのである。これは練磨することができる。もっともよい方法の一つは社会科学の勉強をやることだ。

7. アイデアは新しい組み合わせである
イデアをは一つの新しい組み合わせであるという原理と、新しい組み合わせを作りだす才能は事物の関連性をみつけだす才能によって高められるという原理を心にとめて、いよいよ実際的な方法手順をみていくとしよう。
イデアの作成にあたって私たちの心は例えばフォードの車が製造される方法と全く同じ一定の明確な方法に従うものだと、もう一度主張しておく。
さて、この心の技術は五つの段階を経過してはたらく。これは一定の順序で通り抜けるものである。そしてこの五つのどの段階にもそれに先行する段階が完了するまで入ってはいけないという事実を把握する必要がある。
第一段階は資料を収集することである。
これは考えるほど生易しいものではない。資料には二種類ある。特殊資料と一般資料とである。
広告で特殊資料というのは、製品と、それを諸君が売りたいと想定する人びとについての資料である。自分がつかまえたタクシー運転手が一人の独自の人物にみえるようになるまで研究しなければならない。
一般資料を集めるという継続的過程も同じように大切である。エジプトの埋葬習慣からモダンアートに至るまであらゆる方面のどんな知識でもむさぼり食うのだ。牛と同じで、食べなければミルクは出ない。
さて、この一般資料収集の大切さは、アイデアとは要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもないという原理が入り込んでくるということに関係している。
一つの広告を構成するということはつまり私たちが住んでいるこの万華鏡的世界に一つのパターンを構成するということである。
これがアイデア作成技術の第一段階である。この段階の一半は当面の仕事、一半は生涯にわたる長い仕事である。方法としては、カード索引法やスクラップブックやファイルなどがある。

8. 心の消化過程
さて、職人的な資料集めをやりとげたと仮定して、次の段階は何か。
それは、これらの資料を咀嚼する段階である。ちょうど諸君が消化しようとする食物をまず咀嚼するように。
これは頭の中でおこることだ。
一つ一つ触ってみたり、ちがった光のもとで眺めてみたり。諸君がいま探しているのは関係であり、ジグソーパズルのようにすべてがきちんと組み合わされてまとまるような組み立てなのである。
この段階を通り抜ける時、次のような二つのことが起こる。
ちょっとした、部分的なアイデアが諸君を訪れてくる。それらを紙に記入しておくことである。どんなに突飛でも、不完全でも一切気にとめないで書きとめておきたまえ。
もう一つは、このパズルの組み合わせに疲れて嫌気がさしてくることである。が、まだ追求していただきたい。
しかしやがて諸君は絶望状態に立ち至る。ここまでやってきた時、諸君は第二段階を完了して第三段階に移る準備ができたことになる。
この第三段階にやってくれば諸君はもはや直接的には何の努力もしないことになる。諸君は問題を全く放棄する。そしてできるだけ完全にこの問題を心の外にほうり出してしまうことである。
これは不可欠の段階である。
問題を無意識の心に移し、諸君が眠っている間にそれが勝手にはたらくのにまかせておくのである。
この段階でできることが一つだけある。
問題を完全に放棄して何でもいいから自分の想像力や感情を刺激するものに諸君の心を移すこと。音楽を聴いたり、映画にでかけたり、探偵小説を読んだりすることである。
第一段階で食料を集めた。第二段階ではそれを十分に咀嚼した。いまや消化過程がはじまったわけである。そのままにしておくこと。ただし胃液の分泌を刺激することである。

9. つねにそれを考えていること
諸君が実際にこれら三つの段階で諸君のすべきことをやりとげたら、第四の段階を経験することはまず確実である。
どこからもアイデアは現れてこない。
それは、諸君がその到来を最も期待していない時、ひげを剃っている時とか風呂に入っている時、あるいはもっと多く、朝まだ眼がすっかりさめきっていないうちに諸君を訪れてくる。
諸君がアイデアを探し求める心の緊張をといて、休息とくつろぎのひとときを過ごしてからのことなのである。

10. 最後の段階
イデア作成過程を完結するために通りすぎねばならないもう一つの段階、翌朝の冷えびえとした灰色の夜明けとも名づくべき段階である。
この段階において諸君は生まれたばかりの可愛いアイデアをこの現実の世界の中に連れ出さねばならない。そうすると、この子どもが、諸君が当初産み落としたときに思っていたようなすばらしい子どもではまるでないということに気づくのがつねである。
多くの良いアイデアが陽の目を見ずに失われてゆくのはここにおいてである。発明家と同じように、アイデアマンもこの適用段階を通過するのに必要な忍耐や実際性に欠けている場合が多々ある。この段階までやってきて自分のアイデアを胸の底にしまいこんでしまうような誤は犯さないようにしていただきたい。理解ある人々の批判を仰ぐことである。そうすれば驚くことが起こってくる。いいアイデアはそれをみる人びとを刺激するのだ。
以上が、アイデアの作られる全過程ないし方法である。
第一 資料集め 特殊資料と一般資料
第二 心の中でこれらの資料に手を加える
第三 意識の外で何かが自分で組み合わせの仕事をやるのにまかせる
第四 アイデアの実際上の誕生 ユーレカ!
第五 最終的にアイデアを具体化し、展開させる

11. 二、三の追記
数々の手紙をいただいた。喜びにたえない。その後の経験からは、このアイデア作成過程に修正を加えたいと思うような本質的な点は何ら見当たらなかった。
しかし唯一つ私が一層強調したいと思う点がある。それは一般的資料の貯えに関してである。年輪を重ねるということは、諸君が活動的でいきいきとした感情生活を放棄しないかぎり、諸君の貯蔵庫を豊富にするのにかなり役立つものである。

 
【書評】
薄い本である。軽い本である。だが中身はとてつもなく重い。それはわたしたちのような人間の悩みがここに詰まっているからだろう。ヤング氏は親のように教えてくれる。決して簡単に答えを教えてくれるわけではない。優しいまなざしをもちながら、わたしたちを想像の泉が枯れた場所から、大草原へ連れて行ってくれるのである。ときに厳しく、ときにやさしい。美しいものとは、やはり削ぎ落とされたものなのだ。